アクトン・リサーチ社製分光器の性能について

【分光器について】

分光器は、複数の色・波長で成り立つ光を、単色・単一波長に分ける(分光)する為に設計された光学装置です。

米国アクトン・リサーチ社(以下ARCと省略します。)で製造・販売されている主な分光器(SpectraProシリーズ)では、ツェルニ・ターナー型と呼ばれる光学システムを採用しております。図1にツェルニ・ターナーの基本原理を示します。

【分光器の動作原理】

光は入口スリットから入射され、コリメイトミラーによって収束されます。収束された光は回折格子に当たり、個々の波長(色)に、横方向に分散されます。分散された光はフォーカスミラーにより出口スリット又はCCDポートに結合されます。

 

【モノクロ分光器】

モノクロ分光器(出口スリット時)では、出口スリットの幅により出力された波長範囲を調節したり、回折格子を回転させる事により出口スリットを分散された光が横切る(スキャン)特徴を生かして、ある単一波長の光だけを照射光として取り出したり、ある波長範囲をスキャンさせて、それぞれの波長の光強度を測定する事が出来ます。

 

【マルチチャンネル分光器】

マルチチャンネル分光器(CCDポート時)では、分散された光を一度にある範囲(回折格子の分散値、CCD等のマルチチャンネル素子のエリアによって決まります。)を取り出して測定する事が出来ます。

 

【マルチポート】

また、ARCの分光器では、モデルにより二つの出口ポートを装着出来る為、スリット、CCDポートそれぞれ一つずつ持たせる事も可能で、分光器一台で高分解能測定、広範囲波長測定を可能にしています。

 

【回折格子駆動方式】

今日ARCが製造している分光器には、かつてのサインバー方式による回折格子駆動ではなく、コンピュータコントロールによるダイレクトドライブ方式が、より多く採用されております。

ステッピング・モーターを取り入れたこのダイレクト・ドライブ方式により、高波長精度かつ高速な回折格子駆動を実現しました。また、複数の回折格子が装着可能なタレットにより、広域波長範囲かつ異なる分解能での測定を可能にしました。

 

【ダイレクトドライブ方式の動作原理】

図2に示しました通り、かつてのサインバー方式では、回折格子の駆動軸の中心はその回折格子表面上にありました。ダイレクトドライブ方式では、On−Axisと呼ばれる軸が回折格子表面上に有るものと、Off−Axisと呼ばれるタレットの回転軸のものが有ります。

ダイレクトドライブ方式の採用は、多くの分光器メーカーがその性能、すなわち波長分解能、焦点面の平面精度、収差補正、スループット向上を実現してきました。

ARCは、1979年からOn−Axis、1989年からOff−Axisを採用する様になり、現在は焦点距離15cm、30cm、50cm、75cmの、四種類のダイレクトドライブ方式分光器(SpectraProシリーズ)を製造しております。

 

【Off−Axisの利点】

ARCがOff−Axisを採用した背景には、多方面に及ぶ調査により、On−Axisに比べて高い性能が出せるという結論に至った事によります。またOff−Axisは、機構的に単純かつ丈夫で、生産性に優れているという利点も有りました。勿論両方式に対する様々な見解を評価する為に、ARCによる比較テストも実施されました。

比較テストに際しては、On−Axis、Off−Axisそれぞれを採用した30cm焦点距離分光器2台を作り、ドライブ方式以外の部分、光学部品、明るさ(f/4)、回折格子(1200刻線)は、2台共全く同じを使用しました。

 

【モノクロ分光におけるOn−AxisとOff−Axisの比較】

比較1:スループット

モノクロ分光器の性能を考慮する上で、キーポイントとなるのは、波長分解能とスループットです。図3に示しました通り、Off−Axis方式では、理論上回折格子のあらゆる角度で表面積を最大限に反射する事が可能な為、充分に大きいミラーを採用すれば、スループットが最大限向上し、かつ広域な波長範囲をカバー出来ます。

 

比較2:波長分解能

波長精度の比較テストの条件は、入口・出口スリット幅は共に10μm、高さは4mmとし、出口スリットへ装着したPMT検出器にて、水銀ランプの輝線435.8nmの半値幅を測定するというものでした。

実測値は、Off−Axisが半値幅0.089nm、On−Axisが0.099nmという結果で、測定スペクトルのトレースは図4が示す通りです。Off−Axisの結果は、製品仕様の数値より11%良いものでしたが、どちらもARCの社内規定値(0.07nm〜0.1nm)を満たすものでした。

 

比較3:光源

分光器は、その出口スリットからの出射光をサンプルに照射する、という様に光源として使用する事が出来ます。

この機能の比較テストの結果は、On-Axis、Off-Axis共に、全ての波長駆動範囲においてf値4の仕様範囲を満たすものであり、どちらも同等の性能が出せるという事が分かっております。

 

【マルチチャンネル分光におけるOn−AxisとOff−Axisの比較】

マルチチャンネル分光

マルチチャンネル分光器の性能の善し悪しを判断するものとして、焦点面の平面性と収差が挙げられます。焦点面がどれくらい湾曲しているか、または傾いているかという事は、CCD等のマルチチャンネル型検出器にとっては非常に大きな影響をもたらします。その湾曲、傾きにより、波長分解能が悪くなる事も有ります。

 

非点収差

Off−Axis方式を採用した分光器の焦点面には、凹面鏡の影響による非点収差が発生します。これは、図5に示しました通り、縦焦点・横焦点という二つの焦点面が存在する為です。

CCD検出器を縦焦点に合わせて分光器に取り付けた場合、横方向の収差は解消されますが、イメージ像の質は犠牲になります。横焦点に合わせた場合は、縦方向の収差が解消される替わりに、波長分解能は悪くなります。これは、従来の分光器では、出射された縦方向の光が、図6の様に収差による湾曲が生み出す特性です。

PMTの様な受光面の大きな単素子型検出器を使用する場合には、出射光の高さがミリ単位程有っても全体を取り込める容量が有りますので、縦方向の収差はさほど影響は有りません。

 

イメージング分光器とCCD検出器

今日、最も分光分析装置に使用される検出器として、CCDの様な2次元マルチチャンネル型検出器が挙げられます。CCD検出器は、その2次元のピクセルを幾つかのグループに分ける事により、同時に複数のスペクトル測定を行う事に適しています。収差の少ない分光器であれば、図7に示しました通り、例えば複数のバンドルファイバーを入口スリットへ縦方向に入力する事で、同時にそれらを検出する事が可能です。

ARC製分光器は、トロイダルミラーを採用する事で、30cm、f値4の分光器において、縦方向の収差は光軸上で120μm以下に押さえる事を実現しております。この設計により、イメージング分光器として最適です。

トロイダルミラーを採用した事により、図5に示しました通り、縦・横両焦点の中心は一致(非点収差補正)します。それぞれの焦点面は並行していませんが、図の様にクロスしています。

このイメージング分光器に、検出器を縦焦点に合わせて取り付けた場合、両端で多少の横方向の収差がでますが、波長分解能は非常に良くなります。横焦点に合わせた場合は、両端での波長分解能が多少悪くなりますが、きれいなイメージ像が得られます。この非点収差補正により、両焦点が同じ位置に有る為、機械的な制限や測定条件により、角度を変えるだけで縦、横またはその中間点に検出器を取り付ける事が可能です。

また、光軸上での収差がほとんど解消されるこの非点収差補正型分光器は、HgCdTeやInGaAs等受光面の小さな検出器を使ったモノクロ分光にも適しております。

 

比較4:波長分解能と空間分解能

比較テストに使用したCCDは1素子のサイズ26μmx26μm、画素数は1024x256(受光エリア26.6mmx6.7mm)で、縦焦点面に合わせて装着してテストが行われました。

波長分解能の測定に際し、入口スリットは25μm幅x4mm高さで、波長は水銀スペクトルの435.8nmが使用されました。

空間分解能については、各200μm径の7本バンドルファイバーを準備し、やはり435.8nmのイメージをCCDの中心部分と、両端(中心から6mm離れた所と12mm離れた所)にそれぞれ、入力して測定されました。両端への入力については、回折格子の角度による変化を確認する意味も含めて、回折格子を駆動させて435.8nmの光を直接振って入力する、という方法がとられました。

 

波長分解能

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表1が示しているOn−Axis、Off−Axisの波長分解能の実測値、及び実際のグラフをトレースした図8と図9から、分解能は共に仕様の範囲内に有るという結果が得られております。また、半値幅も2.5〜3ピクセルと、CCD検出器で分光測定を行う上で理想的な結果が得られました。(ちなみに、最良値はOn−Axisでの左端12mm位置の0.13nmです。)

 

 

CCD検出器を使用した場合、光を1素子だけに位置させる事が波長分解能に大きく影響します。図10は、光を1素子だけに位置させた場合(青)と、2素子の間に位置させた場合との分解能比較を表しています。これらを比較した結果、最大で50%の分解能の違いが出る事が分かりました。

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空間分解能

空間分解能は、入力したファイバーのコア像に、どれくらい縦方向に収差による伸びが有るかという事で比較されました。実際のファイバーバンドルの高さは17mmですが、これに対して撮った像の高さをCCDの素子の数で計測されました。素子の数は、コアの光強度のピーク値に対して1%までの光が当たっている物がカウントされています。この強度レベルは、目視でも各素子間に干渉が見られない程度です。

尚、1素子当たり26μmですので、この計測の最小単位は26μmとなります。

この計測を行うに当たり、実測と計算上の両方から評価が行われましたが、表2はその両方の結果を表しています。特に、一番悪い数値を比較した時にOff−Axisの結果の方が良い分、Off−Axisの方に優位性が有る事が分かります。

 

【最後に】

分光測定を行う上で、システム構築時の細心の機械的・光学的調整を行う事が、一番重要な決め手となります。

しかしながら、Off−Axis方式とトロイダルミラーによるイメージング光学系を採用したARC製分光器は、モノクロ分光器としても、マルチチャンネル(イメージング)分光器としても、非常に優れた性能を達成している事が分かります。この高性能かつ汎用性の高さが、様々な応用への適合と、最良な実験成果を得る為の決め手になると確信しております。

最終更新日 2000/07/14